女仙の長《おさ》である碧霞玄君《へ
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きかげんくん》でさえそうなのだから、彼女たちを咎《とが》める者がいるはずもなか
った。幸い、着替えはここにいくらでもある。ここがすんだらお迎えに参じましょう。うん。うなずいて泰麒は立ちあがる。汕子、行こう。泰麒の手を引いて歩いていく汕子を、女仙《にょせん》たちは目を細めて見送る。一番の泰麒びいきは、汕子だね。まったくだ。うなずきあったが、悔しいわけではない。女仙とはちがい、汕子は泰麒だけのものだ。それを抜きにしても、起こる気にはなれない。彼女たちは運がいい。ちょうど夕餉《ゆ
うげ》の前に泰麒に会えた。食事の直前に会えたものが、泰麒の食事に相伴《しょうば
ん》する。それが最近できた蓬山での新しい不文律《ふぶんりつ》だったので。
乾いた衣をたたみ、まだ陽射しの匂《にお》いと茉莉花《まつりか》の匂いのする
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泰麒《たいき》のひとそろいだけを別にして、蓉可たちは川へ向かった。露茜宮《ろせんきゅう》に近い淵《ふち》に向かう小道を曲がったとたんに、澄ん
だ笑い声が聞こえてきた。淵では泰麒が汕子《さんし》の尾を追って、もぐったり浮かんだりをくりかえしてい
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る。高く掲《かか》げた尾を捕まえそこねて水に倒れこんだ泰麒は、水面に顔を出すな
り、蓉可たちに気づいて手を振った。お迎えに参じましたよ。ありがとう。女仙のひとりが岸に布を広げる。水から上がった泰麒がその上に立つと、別の女仙が
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腕《うで》に広げた布で小さな身体《からだ》を包みこんだ。自分でするよ。泰麒は背中を濡れたままにするから、だめです。言い放って彼女は白いからだから水滴をぬぐっていく。泰麒は自分のことを他人にして
もらうのをすまながるが、要は誰もが泰麒に触れていたくてたまらない。
segunda 20 fevereiro 2012 02:27
女仙たちがくすくすと笑っていると、傾いた陽射しがさっと遮《さえぎ》られた。奇
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岩の上に白い姿が見えて女怪《にょかい》が広場に下りてくる。それに向かって全員が
東の小道をさした。あっちだよ、汕子。泰麒なら、あちらへ向かわれたよ。あたしを転《ころ》ばす勢いでねぇ。口々に女仙が言ったが、汕子はけっして泰麒を見失ったりはしないのだ。まっすぐ蓉可
に近づいて、背後の布の山を持ち上げてしまう。首をすくめるようにして隠れていた泰麒
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が、顔をあげて大きく息をついた。やっぱり見つかった。汕子の前足を抱くようにして、ぺたんと座りこんでしまう。まだ息が弾《はず》んで
いた。汕子はその頭をひとつなでて、腕に抱えた衣を女仙に渡す。女仙たちが笑った。汕子の目をくらまそうなんて、無理な話だ。そうみたい。
笑って言った頬《ほお》は紅潮している。汕子の前脚に身体《からだ》をもたせか
けて、袍《ほう》の襟《えり》をゆるめる子供を誰もが笑って見守った。いままで蓬
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山にいたどの麒麟《きりん》よりも、泰麒は見た目にも愛らしい気がするのは、全員が
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泰麒びいきのせいかもしれない。蓉可も笑って泰麒の髪をなでる。戻ってきたときよりも伸びた髪が、汗で額に張りつい
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ていた。やんわりと額にかかった髪をかきあげてやる。麒麟の髪は普通は金の色をしている。正確には髪でなくて鬣《たてがみ》なのだが、
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泰麒のそれは鋼《はがね》の色をしていた。普通の麒麟でない証《あかし》だが、そ
れが特別尊いことのように思われてならない。水を浴びておいでなさい。すぐに夕餉《ゆうげ》ですよ。麒麟は女仙よりはるかに高位の生き物だった。それでも世話をすれば自分の子供のよう
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な気がするから、自然口調はくだけてしまう。
segunda 20 fevereiro 2012 02:27
それを見守っていた禎衛《ていえい》もまた、笑った。そんなに蓉可をいじめるものじゃない。本来、蓬山の女仙は陽気だった。それでも、麒麟の世話をするためにいるのだから、肝
心の麒麟がいなければなんとはなしに意気消沈して過ごす。ましてや、つい先だってまで
のように、麒麟の行方《ゆくえ》がわからずにいれば、さしもの女仙も悄《しお》れ
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ようというものだ。麒麟は常にいるとは限らない。むしろ蓬山に麒麟のいない時間のほうが長かった。麒麟
がいなければ水汲《く》みも洗濯も機織《はたお》りも全部が自分たちのため、はり
あいのないことおびただしい。だが、いまはちがう。いまは麒麟がいる。それでもう、どの女仙もすっかり浮かれてしまっている。それでなくとも女仙にとって
麒麟は愛《いと》しい。どの麒麟も愛しいことに変わりはないが、どうしたって現在い
る麒麟が一番愛しい気がしてしまう。
実をいえば女仙の誰もが蓉可を笑えない。五十人近
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くいる女仙の全部が、泰麒を愛しくて愛しくてたまらないのだ。それでも蓉可をよってたかって泰麒びいき。と呼ぶのは、ほかの女仙より泰麒に馴
染《なじ》みの深い年若の女仙を少しばかりねたんでのふるまいに過ぎない。蓉可。子供特有の澄んだ声がした。女仙《にょせん》がみんな手を止めて、声のしたほうを見る。細い小道を抜けて、泰
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麒が広場に駆《か》けこんできたところだった。隠して、隠して。泰麒は息を弾《はず》ませて言う。蓉可に飛びついて、背後に隠れた。泰麒も蓉可びいきだ。ほんに。女仙たちは笑って言って、持っていた布を積みあげる代わりに、泰麒にかぶせる。茉
莉花《まつりか》の茂みと蓉可の間に隠れた小さな身体《からだ》は、あっというまに
布の山に隠されてしまった。
segunda 20 fevereiro 2012 02:27
自分の置かれた立場は、いくらも経たずにのみこんだ。女仙《にょせん》によってた
かって世話を焼かれること、適当な時間に起き、適当な時間に眠り、その間なにをするで
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もなく蓬山をめぐって暮らすこと、汕子《さんし》や女仙にいろいろな質問をして、こ
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こでの暮らしに必要な知識をたくわえること、それがいま自分に求められているすべてで
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あること。暖かくその実緊張して泰麒を見守る女仙たちも、すぐにその緊張を解《と》いた。最初はどうなることかと思ったけれど。茉莉花《まつりか》の上に広げて乾《かわ》かした布をふるいながら女仙のひとり
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が言う。あおがれて茉莉花の匂《にお》いが強くなった。なにしろ、十年も蓬山を離れていた麒麟《きりん》の例などほかにありゃしないんだ
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から。蓉可《ようか》は同じように布をふるいながら、軽く彼女をねめつけた。
何年離れていようと、麒麟は麒麟だもの。変わるはずがないでしょう。そりゃ、そうなんだけどね。同じようにしてふるった布をたたんでいた別の女仙《にょせん》が声をたてて笑う。たたんだ布は茉莉花の移り香でいい匂いがした。さすがに蓬莱《ほうらい》育ちでは、奇妙なところがないじゃないが。なぁに、
嫌なふうに奇妙なわけじゃないから、かまやしない。蓉可はたたんだ布を積んだ手を腰に当てる。奇妙呼ばわりは聞き捨てなりません。そりゃあ、蓬山育ちの麒麟よりもあたしたちに気
安いけれど、奇妙どころかありがたい話じゃありませんか。周囲で衣《きぬ》をとりこむ数人の女仙がどっと笑った。蓉可は本当に泰麒びいきだ。泰麒びいきで悪いんですか。むきになる蓉可の周りを女仙は取り囲む。踊るように近づいて蓉可の足元に布を積んで
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は、はやしたてて離れていく。
segunda 20 fevereiro 2012 02:26
ただし、いまは王が十一人しかおられません。北東の国、戴国《たいこく》の王様は
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十年も前に亡くなられて、次の王様が決まっていないのです。戴国のキリンは。蓉可は笑って、泰麒の顔をのぞきこんだ。ここにいらっしゃいますでしょう。ぼく。さようでございますよ。泰麒は戴国の麒麟《きりん》、だから『泰麒』とお呼びするん
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です。王はこれから泰麒がお選びになる。誰を王にするか決めるために、麒麟はいるので
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すから。泰麒がまばたきをした。そんな、大切なことをぼくが決めていいの。蓉可は深くうなずいた。それは泰麒にしか、決められないことなのです。さ、ここが桑園《そうえん》で
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ございますよ。泰麒《たいき》が蓬山《ほうざん》の生活に慣《な》れるのには、いくらの時間
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もかからなかった。
奇妙な格好、奇妙な生活習慣、野菜しか出ない食事。不思議《ふしぎ》はたくさんあるが、そんなものにこだわるほど大人《おとな》で
はない。不快なことならばともかく、それらはいっさい特に不愉快《ふゆかい》とも思
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えなかったので、泰麒《たいき》は苦もなくそれを受け入れていった。ひとつだけうまく馴染《なじ》むことができないことがあるとすれば、それは自分の
姿形が変わったように思われることだった。ここにある鏡は家にあったそれほど明瞭には
姿を映してくれないが、映りの悪いことを考慮に入れても、どうにも自分でないもののよ
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うに思われてならない。もともとしみじみ自分の顔を眺める習慣などありはしなかったので、どこがどうちがっ
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てしまったのか説明はできないが、鏡に映った自分は他人のように見えた。どういうしくみでかはわからないけれど、あの白いもやの満ちた道を通ったときに、な
にかの変化が起こったようだった。
segunda 20 fevereiro 2012 02:26